2020.06.25
その夕方のこと、この若い僧侶は泊めてもらえる所を探しあぐねて、村はずれの農家に
一夜泊めてほしいとやって来ました。
農家の主人は「もう一人お坊様がお泊りなので、同じ部屋でよければ」と、
こころよく承知してくらました。
案内されて部屋に入ると、そこには良寛さんがにこやかな顔で座っていました。
若い僧侶は心の中で「なんだ、同宿の坊さんとは、昼にめし屋でニシンの昆布巻きを食っていた
あの生臭坊主か」と、つぶやきました。
「また一緒になりましたなアー」と、ばつの悪い挨拶したところ、
良寛さんは「よろしく」と、淡々として若い僧侶を迎え入れました。
やがて夕食も済んで二人は寝床に入りました。
夏のことで蚊張が吊ってあったのですが、この蚊張が穴だらけで役に立ちません。
穴から蚊が遠慮なく入って来て、寝ようと思っても蚊がうるさくて若い僧侶はなかなか寝れません。
良寛さんといえば心地良さそうにグウグウ寝ています。
若い僧侶は蚊の攻撃でどうしても眠れません。ぐっすり眠っている良寛さんを見ると、
悔しくてしゃくに障るやらで、とうとう一睡もできず夜を明かしてしまいました。
朝になって目を覚ました良寛さんに、若い僧侶は「あんなに蚊がいたのに苦になりませんでしたか。
よく眠れたもんですなア」と、皮肉まじりに言うと、
良寛さんは「ニシンの昆布巻きが苦にならなければ眠れますよ」と、ポッリと一言いったそうです。
良寛さんは″とらわれない心、こだわらない心、偏らない心″と、
常に頭の中を開けっぱなしにして風通しの良い心、愚直なまで素直な心で生きたお方だったのです。
良寛さんのような心を”平常心”というのでしょうか。