ページトップ

紋
COLUMN

【和尚の問わず語り】vol.1/8 『平らな心』

2020.06.25

  1. 『平らな心』
    こんなお話があります。
    昔、越後の国の良寛さんが、ある街道筋の一膳めし屋で昼食をとりました。
    出てきたのはニシンの昆布巻きでした。良寛さんはこれをおかずに美味しそうにご飯を
    食べていると、そこに旅姿の若い僧侶が入って来て昼食を注文しました。
    めし屋のおばあさんは良寛さんに出したものと同じニシンの昆布巻きを持ってきました。
    若い僧侶は「なんだこれは」と、ひと目見るなり良寛さんの方を見ながら
    「わしを誰だと思っているのだ。わしは魚を食うような生臭じゃない。田舎坊主と
    一緒にされてたまるか」と、すごい剣幕で怒鳴りつけました。
    おばあさんはすくみ上ってしまいましたが、良寛さんはどこ吹く風で美味しそうに
    ニシンの昆布巻きを食べていました。

その夕方のこと、この若い僧侶は泊めてもらえる所を探しあぐねて、村はずれの農家に
一夜泊めてほしいとやって来ました。
農家の主人は「もう一人お坊様がお泊りなので、同じ部屋でよければ」と、
こころよく承知してくらました。
案内されて部屋に入ると、そこには良寛さんがにこやかな顔で座っていました。
若い僧侶は心の中で「なんだ、同宿の坊さんとは、昼にめし屋でニシンの昆布巻きを食っていた
あの生臭坊主か」と、つぶやきました。
「また一緒になりましたなアー」と、ばつの悪い挨拶したところ、
良寛さんは「よろしく」と、淡々として若い僧侶を迎え入れました。
やがて夕食も済んで二人は寝床に入りました。
夏のことで蚊張が吊ってあったのですが、この蚊張が穴だらけで役に立ちません。
穴から蚊が遠慮なく入って来て、寝ようと思っても蚊がうるさくて若い僧侶はなかなか寝れません。
良寛さんといえば心地良さそうにグウグウ寝ています。
若い僧侶は蚊の攻撃でどうしても眠れません。ぐっすり眠っている良寛さんを見ると、
悔しくてしゃくに障るやらで、とうとう一睡もできず夜を明かしてしまいました。
朝になって目を覚ました良寛さんに、若い僧侶は「あんなに蚊がいたのに苦になりませんでしたか。
よく眠れたもんですなア」と、皮肉まじりに言うと、
良寛さんは「ニシンの昆布巻きが苦にならなければ眠れますよ」と、ポッリと一言いったそうです。
良寛さんは″とらわれない心、こだわらない心、偏らない心″と、
常に頭の中を開けっぱなしにして風通しの良い心、愚直なまで素直な心で生きたお方だったのです。
良寛さんのような心を”平常心”というのでしょうか。

プロフィール
住職 長峰広道
昭和34年8月24日に新庄市に生まれました。駒澤大学仏教学部禅学科を卒業後、福井県にある大本山 永平寺や横浜の總持寺での修行を経て、平成11年から20年間、福田院の住職をしています。
福田院 Facebook